『学校に行かない 子どもが 見ている世界』を読んだ

『学校に行かない 子どもが 見ている世界』


西野博之著(フリースペースたまりば)IMG_1664.JPG


不登校の子どもたちの話。おすすめの本。
親の矛盾、子どもの矛盾。
生きていくのに難しい社会は大人も子どもも同じ。
新☆川越おやこ劇場のみなさんと、明日、川崎のこの「たまりば」に行く予定。

かつては登校拒否とも言われた。
行きたくても行けない子どもたちなので、不登校という言葉が一般的だ。

「鈍感な子どもが “ふつうに” 学校に通うことができる」
本の中で極端な例として書かれている言葉です。
(べんさんも、その部類だ。鈍感なのは今も変わっていない)

やわらかく言えば、「繊細な子どもは“ふつうに”学校に通えない」なのだろう。

昔よりも、感性の豊かな子どもが育っている。
「感じやすい子どもたち」というのかもしれない。

みんな一緒という、明治以降の古めかしい学校という場が、その存在を問われている。
学ぶ場が自由に選択できる試みが始まっている。
フリースクールなども国で認可されてきている。

アメリカやヨーロッパでは、家庭での教育が認められている。
子どもの教育を、親が担う。

どちらであっても、大切なのは子どものいのちと幸せ。

不登校の子どもたちを大人はどう捉えるのか。
大きな課題だ。
子どもは自由であっていいのだが、親は子どもの幸せを願っている。
その幸せが、親のための幸せなのか、子ども自身の幸せなのか?

子どもの豊かな心の成長を願う親たち。
親の願いと、子どもの願いを擦り合わせながら。

残念だが、多くは親は子どもより先に死ぬ。
子どもの一生に責任はもてない。
大切なのは子どもの自立。

そんなことを感じてしまう読書感。

漫画で描かれているので読みやすい。


べんさんが今の時代に生まれたら、不登校になっただろう。
べんさんの小中学校の同級生は400人いた。
みんな同じように苦しんでいたので、のり切れたのかも。

30年前に作った歌を思い出した。
不登校の子どもの歌。
深刻になるのは辛くて、ジョークで歌ったので批判されるかもしれない。


朝 (CD「みんなどこへいったの」収録)

今日朝起きて 顔を洗ったよ
ご飯も食べたよ 歯も磨いたよ
宿題もやってあるし おしっこもしたよ
珍しく早くできたら 夢の中だったよ
ああ学校に 行きたいのにな

今日朝起きて 顔を洗ったよ
ご飯も食べたよ 歯も磨いたよ
教科書もちゃんとそろえ カバンに入れたよ
今日も夢かと思ったら 日曜日だったよ
ああ友達と 遊びたいのにな

今日朝起きて 顔を洗ったよ
ご飯も食べたよ 歯も磨いたよ
けんちゃんも迎えにきたよ 今日は大丈夫
靴を履こうと思ったら 着替えてなかったよ
ああ学校に 行けたらいいのにな

この記事へのコメント

とっくん
2024年08月28日 19:40
べんさん、家庭で勉強を教えるのはちょっと難しいなあ。親として自信がない。
学校に行くことに縛られなくてもいいとは思うけど、学校はある意味「理不尽」を学ぶ場としてとらえています。もちろん無理は必要ないけど、家庭では教えられないこともたくさんあるね。
生きやすい世の中になるといいな。